錦帯橋の石人形・人柱になった乙女が姿を変えた?岩国の民芸品

錦帯橋の石人形・人柱になった乙女が姿を変えた?岩国の民芸品

岩国の名勝・錦帯橋は何度も流失しながらも、岩国藩藩主・吉川広嘉の「必ず錦川に流されない橋を架けるのだ」という強い思いのもと、1673年に完成した橋です。

世界的にも珍しい木造のアーチ橋ができた背景には、藩主のみならず、岩国藩の多くの人々の情熱と苦労、そして、そこには悲しい伝説も残されています。

今回は、錦帯橋が完成するために人柱になった二人の乙女の伝説と、乙女たちが姿を変えたと言われた岩国の民芸品・石人形についてご紹介します。

■錦帯橋の歴史、構造についてご紹介しています。

錦帯橋の構造を解説・世界的にも珍しい木造アーチ橋の技術と特徴は? - 山口いいとこ発見!

日本三名橋のひとつと言われる錦帯橋。その素晴らしさはその姿の美しさだけではなく、江戸時代に作られた橋が、長い間流失することなく人々に利用されてきた頑丈さです。「流されない橋を作りたい」という藩を挙げての強い思いが、当時の技術を結集して作り上・・・

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人柱となった乙女たちの伝説

横山の山の上にある岩国城。その岩国城の城下町は横山地区と、錦川を挟んだ錦見(にしきみ)地区にありました。
錦見地区に住む者たちは岩国城に通うのに錦川を渡らないといけませんが、橋を架けてもその広い川幅と濁流にたびたび流されていました。

3代目岩国藩主・吉川広嘉は橋の建設を悲願とし、藩の技術者を他の藩に視察に行かせるなど、多くの時間と労力を注ぎ、どうすれば流されない橋ができるのかを研究しました。

そして橋脚とアーチに行きつき、1673年、これまでにない形の木造のアーチ橋が完成。
人々は、ついに流されない橋ができたと大喜び。関係者には褒美も与えられたのだそうです。

しかし翌年の5月、梅雨の長雨で橋が崩落。
流されることのない橋だと信じていた人々は、濁流に流された橋を見ながら、ただただ言葉を失ったといいます。

そのうち、誰ともなく言い始めました。
「こうなったらもう、人柱が必要だ。人柱を立てて、水の神様の怒りを鎮めるほかない」と。

人柱は、大きな建造物の工事などが災害で頓挫せずに無事進むようにと、生きたまま人を土の中に埋めたり水の中に沈める、古来日本に伝わる風習です。

では誰が人柱に…?

もちろんすすんで人柱に立とうという者はいません。

そこで「横つぎのあたっている袴をはいているものを人柱にしたらどうだろう」という声があがり、周りの者たちはその声に賛同。
見回してみると、なんと条件に当てはまったのは、言いだした男性たった一人だったのでした。

家に帰り、男は自分が人柱となることを二人の娘に伝えます。
「どうしてお父様が!」娘たちは涙を流し悲しみました。

「錦川に流されない橋を架けるのは岩国藩の悲願。その橋を架けるためにはどうしても人柱が必要なのだよ。橋ができれば人々の暮らしも楽になる。そのお役に立てるなら、この命を差し出そう」
男はこのようなことを娘たちに話したのだとか。

すると娘たち、「では代わりにわたしたちにその役目をやらせてください。お父様はこれからの岩国藩に必要な人です。わたしたちが水の神様にお願いしています」と、代わりに人柱になることを申し出たのでした。

「何ということを言うんだ!」
もちろん父は猛反対。

しかしなんとかして父を説得した二人の娘は、人柱として錦帯橋のふもとに埋められます。
二人の娘のおかげで橋はその年の内に見事に再建され、ふたたびかけられた橋はその後、長い間流失することがなかったのです。

娘たちの父は、どんな思いで川にかかった美しいアーチ橋を見つめていたのでしょうか。

乙女たちが姿を変えた?石人形

錦帯橋の下の錦川の石の裏には、人の形をした石の塊が見られることがあります。
人の形をしているその塊は、石人形と呼ばれ、人柱となった乙女たちが石人形に姿を変えたのだといわれてきました。

たしかに、人の形のように見えますね^^

石人形は七福神や仏像などにも見立てられ、岩国では昔から愛され大切にされている存在だったそうです。

人柱となった乙女たちへの人々の憐れみと感謝の思いが、石人形は乙女たちの生まれ変わりという伝説を作ったのでしょうか。

石人形の作者は虫?

自然が作り出すこの石人形、じつはニンギョウトビケラという昆虫が川の中の小石や砂を集めて巣を作ったものです。

ニンギョウトビケラは全国に分布している昆虫ですが、とくにこの錦帯橋付近でニンギョウトビケラが作る石人形の形がよいことで知られているのだそう。川の深さや川底の様子が、形の良い石人形を作るのに適しているのでしょうね。

ニンギョウトビケラが作りだした石人形は、古くから岩国錦帯橋の名産品として知られ、岩国吉川家から他の家への贈り物としても利用されていました。
また、子供たちは川に入っては石人形を見つけて遊んでいたんだそうですよ。

石人形は、錦帯橋の歴史と伝説、錦川周辺の自然、そして人々の暮らしが合わさってうまれた、岩国ならではの民芸品なのですね。

石人形資料館

錦帯橋のすぐ近くには、石人形の資料館があります。
橋を渡った横山側(岩国城側)にある「石人形資料館」。無料で入館できる小さな資料館です。

館内には、2㎝くらいのかわいらしい石人形の工芸品が展示販売されています。
ひとつひとつの石人形が自然が作り出した一点もの。見ていて自然の不思議に癒され、ちょっとほっこりできるスポットです。

石人形資料館
場所:岩国市横山2-2-18  
TEL:0827-43-2665
営業時間:9時~18時、年中無休
入館無料
石人形資料館の公式HP
※公式HP内には、オンラインショップもあります。

まとめ

今回は錦帯橋の人柱伝説と、人柱となった乙女が姿を変えたとされた石人形についてご紹介しました。

錦帯橋の人柱と石人形について、今回初めて知ったのですが、調べているとだんだんと温かい気持ちになっていっていました。

古くから氾濫を繰り返してきた錦川への畏敬の念と、水の神様をなぐさめ橋を架けるための犠牲になった乙女たちへの深い感謝の思い。
そうした人々の思いから、川から見つけられた人形の形をした石を、乙女の生まれ変わりとしてずっと大切にしてきたのだろうなあと、想像してみました。

錦帯橋に行ってみたら、石人形、実際に手に取って見てみたいですね。
石人形を見て、錦帯橋の人柱になったといわれる乙女たちの伝説を思い起こしていただけると幸せます。

■あわせてどうぞ。

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