剱神社【防府市】勝坂の地名由来にもなった周防国十座の古社

剱神社【防府市】勝坂の地名由来にもなった周防国十座の古社

防府市右田にある剱神社。

勝坂の県道沿いに鎮座する神社ですが、その歴史は古く、『延喜式神名帳』に記載された式内社であり、周防国十座の一つに数えられています。

また、「勝坂」という地名の由来とも深く結びついている神社でもあります。

今回は、右田にある剱神社を訪ねてみました。

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剱神社・創建の歴史

剱神社は、継体天皇6年(512年)の創建と伝わる古社です。

社名にある「剱(つるぎ)」のとおり、伝承では仲哀天皇が熊襲征討の際に奉納した「八握の剣(やつかのつるぎ)」を御神体として祀ったことが始まりとされています。

祭神は武勇の神として知られる素盞嗚尊(すさのおのみこと)です。ヤマタノオロチ退治で知られていますね。

つぶた
つぶた
八握の剣ってどんな剣なの?
なんたん
なんたん
日本神話の『記紀』や「十種神宝」に登場する神剣で、古代には神聖で力強い剣を表す言葉として用いられました

また、周防国十座の一つとされており、平安時代に役所が認めた、周防国の重要な10の神社の一つだったことがわかっています。

 

剱神社に伝わる伝説と信仰

剱神社は『延喜式神名帳』に記載された式内社であり、古くから地域の人々の信仰を集めてきました。

境内の由緒板には、さまざまな歴史上の人物や伝承が記されています。

神功皇后がこの地で戦勝を祝い、勝利の雄叫びをあげたことから、現在の「勝坂」の地名になったという伝説も残されています。

さらに、源義経が西下の際に弓矢や鎧などを奉納したことや、豊臣秀吉が出兵の際に戦勝祈願を行ったことも伝えられています。

史実かどうかは別として、こうした伝承が語り継がれていることからも、この神社が古くから武運や勝運の神として信仰されてきたことがうかがえますね。

なんたん
なんたん
歴史に名を残す人々が剱神社を訪れていたとは。
地域の人たちも誇らしかったことでしょう

また、大内氏や毛利氏からも崇敬され、神田の寄進を受けるなど、長い歴史の中で地域の人々や武将たちの信仰を集めてきたことが知られています。

剱神社・右田ヶ岳を望む参道と境内

勝坂沿いに「剱神社」の看板が出ています。
主要道路から少し脇に入ると、すぐに参道入口です。

右田ヶ岳に抱かれたかのような神社に向かって、導かれるようにまっすぐ長い参道を進んでいきます。
この参道の景観はとても清々しいですよ。

源義経や豊臣秀吉も、この地を訪れたと伝えられています。
そうした伝承を思い浮かべながら参道を歩くと、歴史が身近に感じられそうですね。

境内はそんなに広くはなく、派手さこそありませんが、長い歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気があります。

(拝殿)

室町時代より前は、現在よりも北西に位置する場所に鎮座していましたが、山火事により社殿すべて焼失してしまったそうです。

そのため、当地を訪れた諸名将たちの祈願文など、奉納されたすべての宝物が失われたと伝えられています。

(狛犬)

お手水は使えませんでしたが、以前は神社境内の地下から湧き出た水が使われていたそうです。

豪雨災害を乗り越えて

剱神社のある右田地区は、平成21年(2009年)の防府豪雨で大きな被害を受けた地域でもあります。
剱神社周辺も被害を受け、境内には災害の記憶を伝える慰霊碑が建立されています。

社殿をすべて失うほどの山火事、豪雨災害という災難を乗り越え、それでも地域の方々によって守られてきた神社。

災難を乗り越え、古代から歴史をつなぎ、地域を見守っているのですね。

剱神社・基本情報

場所 防府市高井1154-1
問合せ 0835-23-6945
御朱印 御朱印はないようです。
駐車場 あり(無料)
裏参道を入って左側に、駐車場があります。

国道262号線から新幹線高架下に入って橋を渡ると、右側に神社の裏参道の鳥居が見えてきます。

まとめ

防府市右田勝坂地区にある、剱神社をご紹介しました。

勝坂という地名の由来を調べたことがきっかけで訪れた剱神社。

古代の伝承から戦国時代の武将、そして現代の災害の記憶まで、この場所にはさまざまな歴史が積み重なっていました。

普段何気なく通る道のそばにも、地域の歴史を静かに伝える場所が残されているのですね。
これまでは通り過ぎるだけの場所だったので、とても感慨深いです。

周防国十座の一つに数えられ、勝坂の名の由来にもなった剱神社、勝坂を通る機会があれば、少し足を止めて立ち寄ってみませんか。

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