【岩国市】読めない?珍しい?岩国の難読地名と由来を調べてみた

【岩国市】読めない?珍しい?岩国の難読地名と由来を調べてみた

先日、山口県東部へドライブに出かけた時のこと。
道中、なんて読むんだろう? という地名が多く、あらためて面白い地名がいろいろあるなあと感じました。

なかでも岩国市には、初めて見ると読み方がわからない地名がいくつもあります。

たとえば「祖生」「獺越」「海土路町」。
漢字だけを見て、正しく読むことができるでしょうか…。ちょっと難しいですよね。

普段、何気なく目にしている地名にも、昔の言葉や地域の歴史が残されているかもしれません。

そこで今回は、岩国市にある難読地名をピックアップし、それぞれの読み方や場所、地名の由来について調べてみました。

目次[閉じる]

岩国という地名の由来は?

岩国という地名の由来は諸説あり、はっきりとはわかっていません。

江戸時代の地誌『玖珂郡志』には、3つの名石にちなんで「岩国」と名付けられたと記されています。

また、万葉集にも「岩国山」が詠まれています。
平安時代の辞書『倭名類聚抄』には「石国(いしくに)」と表記されていることから、時とともに「岩国」に変化したものではという説もあります。

こうしてみると、岩国という地名には、石にまつわる歴史や伝承が残されているのですね。

四馬神

「四つの馬の神」と書いて「しめがみ」と読む、岩国市美川町にある地名。
漢字からは読み方を想像するのが難しい地名ですね。

四馬神という地名は、平安時代から続く河内神社に伝わる伝承に由来があります。

河内神社には、養和2年(1182年)錦川の大洪水の際、川を流れてきた神幣が、四馬神・添谷・小川の三村の合流地にある石に引っかかったと伝えられています。

その石に注連(しめ)を引いたことから、「しめ」が「四馬」と表記され、神との関係から「四馬神」という地名になったといわれています。

なんたん
なんたん
四馬神地区は山々に囲まれ、錦川が蛇行しながら流れる、自然豊かな場所です

根笠

岩国市美川町の山あいにある「根笠(ねがさ)」。
かつて「山之内」と呼ばれていたとも伝えられています。

江戸時代の地誌『地下上申』によると、あるとき大雨に遭った人々が岩屋に逃げ込んだところ、雨が漏れず、笠を張り替える必要もなかったことから「根笠」と呼ぶようになった、という言い伝えがあります。

また、戦国時代の記録にも「根笠畑」や「禰笠」という表記が見られ、古くから使われてきた地名であることがわかります。

なんたん
なんたん
根笠には錦川清流線の根笠駅があり、見どころとして地底王国美川ムーバレーや大水車でかまるくんがありますよ

祖生

岩国市周東町にある「祖生」は「そお」と読みます。

地名の由来については、江戸時代の地誌『玖珂郡志』に、「当村、元来僧坊多き故、地名とする由、古老の伝也。」と記されています。

もともと僧坊(僧侶の住まい)が多かったことから地名になったという、古老の伝承です。

祖生は中世にはすでに「祖生郷」と呼ばれ、古い文書にもその名が登場しています。古くからある地名なのですね。

つぶた
つぶた
祖生は、夏の火祭り行事「周防祖生の柱松」で知られています!

廿木

「廿」は「二十」を表す漢字です。
「廿木」と書いて「はたき」と読むのは、少し意外ではないでしょうか?

この地名は、村内にあった権現社(現在の熊野社)の縁起に関係しているとされています。

江戸時代に記された『玖珂郡志』には、紀州熊野権現から運ばれてきたご神体を、段平という山にあった二十本の木の場所に安置したという記述があります。

このことから、「廿木」という地名の由来につながったと考えられています。

なんたん
なんたん
廿木は岩国市中部にあるのどかな地域。地名の由来につながった熊野神社は国道2号線沿いにあります

土生

岩国市中心部にある「土生」。こちらは「はぶ」と読むます。

山陽小野田市に、埴生と書いて「はぶ」と読む地名がありますね。漢字が違うのはどうしてなのでしょうか…?

江戸時代の地誌『玖珂郡志』によると、土生伯耆守国広という人物が当地に住んでいたことに由来するとされています。

土生村は寛永20年(1643年)に河内郷から分かれて成立しました。慶安4年(1651年)の記録には「埴生村」と記されていますが、そのほかの資料では「土生」と表記されています。

つぶた
つぶた
土生伯耆守国広という人物がどのような人だったのかはわかっていません。ちょっと気になりますね
なんたん
なんたん
山陽小野田の埴生も調べてみよう

海土路町

「海土路町」は「みどろまち」と読む、岩国市南東部の地名。

江戸時代の地誌『岩邑志』によると、もとは「海士路(あまち)」と呼ばれていたとされています。

『日本歴史地名大系』には、海土路村から平田村、尾津村にかけて「あまち」と呼ばれる地域があり、「天地」や「蜑地」とも記されていたこと、また「海士路」の「士」を「土」と書き誤ったという説が紹介されています。

なんたん
なんたん
もし本当に書き間違って、現在の地名「海土路」になったのだとしたら、面白いですね^^

獺越

「獺越」は「おそごえ」と読みます。
ちょっと初見では読めないですよね。

史料である『由来書』には、「カワウソ(獺)」が人に化けて子供をだましたという伝承が記されています。
この伝承が、地名の由来になったといわれています。

あくまで伝承で、はっきりとした地名の由来はわかっていません。

なんたん
なんたん
獺越には有名な日本酒「獺祭」の製造元があります。獺祭という名前は、地名からつけられたそうですよ

通津

通津と書いて「つづ」と読みます。

鎌倉時代の史料にはすでに、通津郷という名前が記されています。
また、東大寺文書に通津郷の名が見られ、その後も毛利隆元の知行充行状などに記されています。

通津という文字には「海上交通がよく通う入り江や港」の意味があります。
岩国の通津の地名の由来ははっきりとはわかっていませんが、実際に海沿いの地域なので、入り江や港といった意味からつけられたのかもしれませんね。

つぶた
つぶた
通津は瀬戸内海に面した自然豊かな地域。海水浴場やアスレチック広場を有した「通津美が浦公園」がありますよ

藤生

岩国市の藤生「ふじゅう」という地名は、昔、この地に藤があったことに由来するとされています。

江戸時代の地誌『玖珂郡志』には、「五郎丸ノ麓、長者ヤシキニ、往古、藤有由」と記されています。

五郎丸の麓にあった長者屋敷に、昔、藤が生えていたことが地名の由来になったというものです。

藤生という地名には、かつてこの地にあった藤の姿が伝えられているのですね。

なんたん
なんたん
長者は藤の花が好きだったのでしょうか。どんな人だったのかも気になりますね

青木町

岩国市にある青木町は、「あおき」ではなく「おおぎまち」と読みます。
不思議ですね。

この地名は江戸時代に成立した「青木村」に由来します。

寛永20年(1643年)に岩国庄を分割して成立した村の一つで、慶安4年(1651年)の『御領分村一紙』にも、その名が記されています。

つぶた
つぶた
青木町という地名を、なぜ「おおぎまち」と読むのかについては、わからないままでした。だんだん訛っていったのかな?

欽明路

岩国市玖珂町にある「きんめいじ」は、近くにある欽明寺に由来するとされています。

欽明寺には、九州から戻る途中の欽明天皇が腰を掛けたという「腰掛けの石」の伝承があります。
寺の名前も欽明天皇にちなむと伝えられ、近くの峠も「欽明路峠」と呼ばれるようになったといわれています。

なんたん
なんたん
欽明寺と欽明天皇との関係にははっきりとした確証は見つかっていませんが、とてもロマンを感じる伝承ですね!

まとめ

今回は、岩国市にある地名を取り上げてみました。

調べてみて、普段は何気なく目にしている地名も、その土地の歴史や人々の暮らしと結び付いていることを、あらためて感じました。
とても面白いし、興味深いですね^^

皆さんのお近くにも、由来や伝承が気になる地名はありませんか?
ぜひ調べてみてくださいね。

※平凡社『日本歴史地名大系36 山口県の地名』、岩国徴古館facebook、山口神社庁 河内神社、岩国市議会だより(四馬神の由来)などを参照しました。

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