【防府市】地名の由来を調べてみた・大道や勝坂、牟礼など歴史ある地名を紹介

【防府市】地名の由来を調べてみた・大道や勝坂、牟礼など歴史ある地名を紹介

防府市には、初めて見ると読み方に迷う地名や、由来が気になる地名が数多くあります。

なんたん
なんたん
防府に住み始めた時、なんて読むんだろうという地名や、珍しい地名、「令」がつく地名が多かったりして、面白く思ったことを覚えています
つぶた
つぶた
そもそも、「防府」という地名も、どこから来たのか気になりますよね

普段何気なく使っている地名ですが、その土地の歴史や昔の暮らしが名前に残されていることも少なくありません。

そこでこの記事では、防府市の気になる地名について調べてみました。

目次[閉じる]

防府という地名の由来は?

現在の「防府(ほうふ)」という地名は、古代の行政区分である「周防国(すおうのくに)」に由来します。

国府(こくふ)が置かれたことから「周防国府」と呼ばれ、それが「防府」という地名になったとされています。

実際に防府天満宮周辺には国衙跡なども残されており、防府市は古くから周防国の中心地として栄えてきました。

■周防国については、こちらの記事で紹介してます。

勝坂

右田ヶ岳の麓にある勝坂(かっさか)は、カーブの続く坂道として知られる地名です。

私も通るたびに気になっていたのですが、調べてみると、神功皇后が勝利を誓ったことに由来するという伝承が残されていました。

現在も剱神社にその歴史が伝えられており、身近な地名の中に古い物語が息づいていることに驚かされます。

■勝坂の地名の由来について、詳しくはこちらをどうぞ。

大道

大道(だいどう)は、防府市西部に位置する地域です。

現在の大道地区は、かつての「台道村」と「切畑村」が合併して誕生しました。

「台道」という名前については、豊臣秀吉が通った「台(うてな)の道」に由来する説、古い道を改めて大きな道を開いた「大道」などの説が伝えられています。

現在も地区名や駅名、小中学校名には「大道」が使われる一方、住所表記には「大字台道」が残っており、地域の歴史を今に伝えています。

仁井令

仁井令(にいりょう)は、防府市外の人には、なかなか読めない難読地名です。

はっきりとした地名の由来はわかっていませんが、江戸時代の史料には、仁井某の領地であったことによる、と伝えられています。

仁井令は古くから存在する地名で、平安時代の史料にもその名が見られます。また、中世には東大寺が管理する国衙領として重要な地域だったことが知られています。

現在の防府市中心部に近い地域ですが、その名前には千年近い歴史が残されているんですね。

ちなみに防府市には、東佐波令、東仁井戸令など、「令」がつく地名が複数残っています。
「令」がつく地名は珍しく、全国で11カ所あるうち、8カ所が防府市に集中しているそうです(令和元年ほうふ市広報5月1日号より)。

牟礼

牟礼(むれ)は、地名そのものが少なくとも奈良時代にまでさかのぼる、とても古い地名です。

地名の由来にはいくつかの説があり、古い地名「牟々礼(むむれ)」が省略されたという説や、「牟礼」が古代の言葉で「山」を意味するという説があります。

また、重源上人に由来するという伝承も残っています。牟礼に阿弥陀寺が開かれた後、重源上人が釈迦牟尼仏を安置して村人に礼拝させたことから、「牟尼仏(むにぶつ)」と「礼拝(らいはい)」を合わせて「牟礼」になったと伝えられています。

はっきりとした由来はわかっていませんが、防府の歴史や文化を語るうえで欠かせない地域です。

■阿弥陀寺について、詳しくはこちらをどうぞ。

富海

「とみうみ」ではなく「とのみ」。
防府市東部の海沿いにある地域で、鎌倉時代の文書にも名前が見られる古い地名です。

富海の海は周囲の海より波が高くなりやすく、昔の人々はこのあたりを「外の海」と考えていたそうです。それが転じて、「富海(とのみ)」になったとされています。

富海は古くから海上交通とも関わりの深い地域として発展し、現在も海と山に囲まれた美しい景観が残されています。

三田尻

三田尻(みたじり)は、江戸時代には毛利氏の海の玄関口として栄え、塩田の発達とともに全国にその名が知られるようになった地域です。

『角川日本地名大辞典』によると、三田尻の地名の由来として、2つの説が紹介されています。

ひとつは、「三つの田の尻」に由来するという説。

もう一説は、古代の佐婆県が天皇の供御領(くごりょう)の御田であり、その端(尻)に位置したことから「御田尻(みたじり)」と呼ばれるようになったというものです。

なお、「尻」には現在のお尻ではなく、「端」や「はずれ」という意味があります。

現代の言葉で想像すると、面白過ぎる地名ですよね…。

警固町

現在の防府市警固町(けいごまち)周辺は、かつて毛利水軍の関係者が暮らした地域です。

古くは「都浜(みやこはま)」と呼ばれていましたが、慶長年間に毛利氏の水軍が三田尻へ移され、海上警備(警固)を担う人々の居住地となったことから「警固町」と呼ばれるようになったと伝えられています。

地名からも、三田尻が瀬戸内海交通の重要な拠点だったことがうかがえますね。

桑山

防府に住む人の多くに馴染みがある、桑山(くわのやま)。
公園が整備され、桜の名所として、地域の人たちの憩いの場としても知られています。

桑山の地名の由来には、2つの説が残されています。

ひとつは、山の西側の腰尾という場所に、桑の木が48本並んで生えているのを見て、桑山と呼ばれるようになったとされる説。

もうひとつの説として、桑山にある塔ノ尾古墳の被葬者とされる来目皇子の名に由来する、という説も伝えられています。

まとめ

今回は、防府市の気になる地名の由来や歴史をご紹介しました。

気になる地名はありましたか?

防府市の地名には、一見、読めないなあというものや、不思議だなと思うものが多くあります。

調べてみると、神功皇后の伝承や、古代の律令制、海上交通など、防府の歴史と結びついていることがわかりました。

地名の由来を知ると、その地域を見る目も、見えてくる景色も変わってくるようですね。

地名から、その土地に流れる歴史を感じてみてください。

※参考資料(出典元)
『角川日本地名大辞典[KADOKAWA]』、『山口県の地名 日本歴史地名体系36』平凡社
山口県立博物館「なるほどなっとくニュース」2022年7月21日 No.265 
防府市広報令和元年5月1日号

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